私は部屋に戻ってきて、鞄を机の上に置いた。それから、制服のリボンを解いて、ボタンを上から順番に外していく。着替えを済ませてしまうと、いつもならハンガーにかけておく制服を、畳む。しばらくこれを着ることもないのだ。そう思って、たたんだ制服をしみじみと眺めた。
 衣替え期間。今週が終わってしまえば、全部の制服が夏服に変わる。それは、私には何かとても不思議な感じがした。時間の感覚が少しおかしくなっているのかもしれない。目を閉じると、いつも私の思い浮かべる光景は真っ白な雪だったり、揺れるような赤色だったり、あの子のふわふわした栗色の髪の毛だったり。そんな風で。私は、私の中の何か大切なラインが途切れてしまっているのではないか、そんな風に感じてしまう。
 気温が上がり、一日が長くなって、夏の足音が聞こえてくる。冬の名残は全て押し入れの中に仕舞われて、訪れる季節の準備をしている。私はどうしようもなく現実感を感じられないまま、夏を迎えようとしている。

 とりあえず、私は普通に過ごしている。と、自分では思う。普通の基準ってなんだろう、とは自分で思うけれど、クラスメートとも喋るようになったし、学校の帰り道にどこかに寄って帰ったりもするし、休日は相沢さんとどこかに出かけたりもする。
 好きでなくても、優しくすることはできる。好意を抱いていない相手でも、それなりに上辺の愛想を使う事はできる。そしてそれは、そんなに難しいことじゃない。そんなことに、私は気付いた。それはいいことなのか悪いことなのか。
 キライだと言うことをキライとはっきり言うのは、とてもエネルギーを使うことだ。だって、それはきちんとその人と向き合わないとできないことだから。能動的な行動。意識しないとできない行為。だから、普通にしている方がずっと楽。
 そして、そんな風に考えてしまう自分がひどく嫌な人間のように思えてしまう。

 今手の中にある制服がかけられていた場所には、昨日出したばかりの夏服がかかっている。それは何か、ひどく間違ったもののような気がした。けれど、そんなことはない、と思いなおして、私は体を投げ出すようにベッドに横になった。目を閉じて、両手で顔を覆う。そんなことはない。自分に言い聞かせる。そんなことはない。そんなことはない。何も間違ってはいない。私は間違ってはいない。
 冬の寒さ。
 越えられないライン。
 エネルギー不足。
 不意に、相沢さんの顔が浮かんだ。
 どうして、と思う前に素直に驚いてしまう。ああそうなのか、と。とても意外な、でも自覚してみると意外にそうでもないような。でも認めるのが少しだけ癪に障るような。そんな、感じ。
 ぼんやりと天井を眺めていると、いつのまにか眠りに落ちていた。
 夢を見た。
 夢の中で、私は夏服を着て相沢さんと歩いていた。相沢さんが私の夏服について何かを言って――どうせロクでもないことだろう――空を見上げた。私もそれに習って空を見上げる。
 いつか見たような、青い空。お菓子が降ってきたところで目が覚めた。



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