メルギトスがあたしに近寄ってきた。
「トリスさん、ネスティさんがいらっしゃいますよ」
 余裕めかしてそう言うけれど、メルギトスの表情に余裕は無い。むしろ、追い詰められたものをあたしは感じた。
 良く見ると、両腕が無い。右腕は肘から先が無かったし、左腕に至っては肩のところ、腕の付け根から切り落とされている。これも、ネスたちがやったことなんだろうか。
 あたしをコロすために。
 信じたくは無いけれど。
 でも、きっと、本当なんだ。
「それでは、後はお任せしますね」
 そう言って、メルギトスはサプレスへと繋がるゲートの中に消えていった。
 がさり、と葉擦れの音がした。あたしはそちらに視線を向ける。
 あたしの良く見知ったみんなが、そこにいた。





"長いお別れ" 6th story
『星の彼方へ』





「……トリス」
 ネスティは、立ち尽くしたままのトリスに向かって呼びかけた。
 トリスは、何の反応もしない。
「トリス」
 二度目のネスティの呼びかけに、トリスはうつろな目を向けた。その目の中には、光が無い。違う、とネスティは思った。これは自分の知っているトリスじゃない。こんな――濁った目を、彼女は持ってはいなかった。
「トリス……っ!」
 ぎり、と奥歯を噛み締めた。そんなネスティを見て、ふわ、とトリスは微笑う。
 笑ったままで、手に持った短剣を掲げる。
「ネス」
 名前を呼ばれた。
 たったそれだけなのに、ネスティは体が震えた。

 ――トリスは、すべてを知ってしまった。

 じくり、と胸が疼く。トリスには教えたくなかった。忌まわしき先祖の屍の上に、今自分達は立っているのだと。トリスにだけは、そんなことを知られずに、そのまま生きていて欲しかった。こんな汚いものは、自分だけが抱えて生きていけばいいのだと。
 そう、思っていたのに。
 ここに辿り着く前に、彼女を殺す。それは、聖王都を出る前に、彼の上司フリップに言い渡されたことだった。けれど、それももうもう無効になった。薬の管理がラウル師範に移ったということは、もうその命令は拘束力を持たないということだから。
 それに。
 ネスティは思った。
 そもそも、最初から彼女を殺すことなどできなかったのだ。
(……当然だな)
 自嘲気味に、そう思う。
 彼女がいなくなったと知ったときは、あんなに取り乱して。
 目の前にいる彼女を、今すぐにでも抱きしめたい。
 明らかに正気ではないとはいえ、彼女が生きているというその事実だけで、ネスティは明らかに安堵していた。
「トリス。戻って来い」
「……ダメだよ、ネス」
「何が駄目なんだ?」
 トリスは目を細めて、微笑う。
「もう、あたしの帰る場所なんてないもの」
 ふらり、とトリスが夢の中を歩いているような、そんな足取りでネスティに近づく。
「トリスさん!」
 前に出ようとしたアメルを、ネスティは手で制した。そうして、自分からもトリスに一歩近づく。
「……もういいんだ、トリス。誰も君を責めようだなんて思っていない。僕は――」
「いいよ」トリスは言った。「ネスになら、殺されても」
「な……っ!」
「あたしは生きていちゃいけない人間だから。どうやったって、ネスとアメルに償う方法なんて、ないから。だから、ネスに殺されるんだったら、あたし、いいよ」
「何を馬鹿な――」
「もう知ってるんでしょう! ネスも、みんなも! クレスメントの一族がしたこと。あたしは、そんな人達の子孫なんだよ!」
「ああ、知っている」
「だったら――!」
「それがどうした!」ネスティは彼にしては珍しく、激昂して叫んだ。
 歯痒かった。
 悔しかった。
 腹立たしかった。
 ――この妹弟子は、なにもわかっちゃいない!
「君は馬鹿か!」
「馬鹿ってなによ!」
「馬鹿だから馬鹿だと言ったんだ、この馬鹿!」
「何よっ! そんな馬鹿馬鹿連呼しなくたっていいじゃない! ネスのバカ!」
「君が馬鹿だから馬鹿だと言ったんだ。まったく、失望したよ。君がそこまで僕達のことを見下していたなんてな」
「……え?」
「僕は、僕達は君のことを信じていたが――君は僕達のことをまったく信用していなかったんだな。わかった。もういい」
 ネスティは中指で眼鏡のブリッジを押し上げると、トリスに言い放った。
「もういい。君はそこから離れろ。そして好きなところに行けばいい。どこへなりとも行けばいい。僕は止めない。君抜きだって、メルギトスを倒してみせる」
「……それって……」
「死にたいというなら、僕は止めない。けれど、自殺するのなら自分の手でやれ。僕は君を殺すなんて真っ平御免だ。自分の命を他人に背負わせるな」
「ネスティさん! 言い過ぎです」
 アメルが抗議の声を上げる。けれど、ネスティはそちらを一瞥しただけで、すぐにトリスに視線を戻した。
「僕に君が殺せると、そんな風に思っているのだとしたら、君は救いようの無い馬鹿だな」
 そうだ。
 始めからわかっていた。
 トリスを――殺せるはずなどないのだ。
「ネスも、あたしがいらないんだ」
「……それが馬鹿だと言っているんだ」
「ネスの言ってること、わかんないよ!」
 トリスが走る。踏みこみと同時に振われた短剣は、とっさに避けたネスティの右の二の腕を浅く裂いた。じゅっ、と肉の焦げるような音がする。トリスの手にしている短剣に付着したネスティの血液が、刀身に吸い込まれるようにして消えた。
「……ろくでもないものを持っているな」
 面白くもなさそうに、トリスと、彼女が手にしている短剣を見て、ネスティは言った。
 再度振われた剣閃を、ネスティは手にしていた杖で弾いた。けれど、戦闘力の差は覆せない。常に前線で戦っているトリスと、後方から召還術での援護が主なネスティでは勝負になるわけが無い。見る見るうちにネスティの全身に細かい傷が増えていく。
「君が必要無い? ……そう思っているのは君だけだろう」
 ネスティの体には無数の傷が出来ているが、致命傷になるような傷は無い。ネスティが上手く外しているのか。否。ネスティは思った。トリスが外しているのだ。隙を見つけても、最後の所で躊躇が混じる。
 それは、まるで舞台を見ているようであり、仲間の誰もが手を挟むことができなかった。いや、ネスティの纏っている雰囲気が、手を挟まれることを拒絶していた。
「いい加減目を覚ませ、トリス! 逃げていたって何にもならない! 前向きさは――君が教えてくれたことだろう!」
 トリスの短剣がネスティの腕に突き立った。けれど、ネスティは下がらずにそのまま前に出る。そして、トリスの体を掴まえた。傷口から血液だけでなく、自分を自分たらしめている何かが流れ出して行くような、喪失感がある。けれど、ネスティはトリスを掴まえた手を離す積もりは無かった。
 やっと掴まえた。
 もう――手放すものか!
「アメルっ!」
 怒鳴り声に、アメルが体を竦ませる。けれど、すぐにネスティの意図に気付いて、両手を祈るように胸の前で合わせた。
 光が溢れる。
 アルミネの天使の力。それを、アメルはトリスに向かって放った。
 トリスがメルギトスの魔力に犯されているのなら、それを中和するために。もしそうでなくても、トリスの心にコンタクトを取って、思いを伝えるために。

 ――トリス。あなたがいてくれて、よかった。あなたと出会えて、よかった。いつも支えてくれたのは、あなただった。その強さに、明るさに、どれだけ助けられたか。あなたから受け取ったものの全部、それで、今あたしは立っていられるから。

 アメルの背中に、白い翼が広がった。
 同時に、脱力感に襲われる。
 最近は、こうだ。力を使うたびに何かが失われて行くような感覚がある。
 でも。
 今は。

 ――あなたが失われてしまうなら、あたしにとってこの世界はまったく意味の無いものに変わってしまう。ねえ、わかってる?

 トリス。
 生まれて始めて、同じ視点で物事を見ることを赦してくれた、かけがえの無い親友。

 ――過去は過去。あたしはアルミネの生まれ変わりだけど、アルミネそのものじゃない。レルムの聖女でもなくて、アメルという一人のあなたの仲間。そうでしょう?
 じゃあ、あなたは?
 あたしの見ているあなたは、クレスメントなんかじゃなくて――

「――この、馬鹿が」
 トリスの手から力が抜ける。ネスティは、腕に刺さったままの短剣を引き抜いて、投げ捨てた。
「僕が君のことを必要としなくなる?」
 倒れかけるトリスを、ネスティは抱きかかえた。
「そんなことは、あるはずがないんだ。……この先も、ずっと」
「……ネス」
 トリスが、ゆっくりと顔を上げた。
「正気に戻ったか、馬鹿」
「……また馬鹿って言う」
「馬鹿だから、馬鹿だと言ったまでだ。君が一人で背負い込む必要が何処にある。君が感じている罪は、僕が背負っている罪でもあるんだ。一人で勝手に突っ走るな。君の、悪い癖だ」

「そうそう、悪い癖ですよ? ナツミ?」
「……うるさいやい」

「あら、違いますよ? 私だってそうなんですから、仲良く三等分です」
 トリスの顔を見て、にっこりとアメルは微笑む。
「……そうだな」穏やかに、ネスティは肯定した。
「君の名前は?」ネスティはトリスに尋ねる。「言ってみろ」
「……トリス」
「そうだ」
 トリスは二人を見て、それから仲間みんなを見て、それから小さく微笑った。
 久しぶりの、笑顔だった。
「ありがと、ふたりとも……」


「さて、お話は終わりましたか?」


 いつの間にそこにいたのか。メルギトスがゲートになっている地面にぽっかり開いた黒い穴の傍に立っていた。登場のタイミングを計っているとしか思えないな、とあたしは思った。いちいちイヤミな登場の仕方だ。
 メルギトスだけじゃない。彼の周りには、大小さまざまな悪魔たちがいる。
「とりあえず、みなさんは」と言って、悪魔たちを指す。「彼らのお相手をして上げてください。なにしろ、暴れることに飢えているものを選んで連れてきましたから」
「メル……ギトス」
「トリスさん、これは最後の勧告です。私と共に来なさい。それが、貴方のためです」
 トリスが、ネスティ君の手を離れて、自分の足で立ち上がった。
「あたしは、あなたとは行けない」
「もし私を倒せたとしても、貴方の帰る場所などこの世界にはありませんよ。クレスメントの末裔たる貴方にはね」
「あるよ」トリスは言った。「あたしには、ある。ネスが、アメルが、みんながいてくれる。簡単なことだったんだ。あたしがなんだって、きっとみんなは変わらない。なら、それできっといいんだ」
 そうですか、とメルギトスは言った。
「ならば、決着をつけましょう。私はあちらの世界で待っていることにします。彼らを倒せたなら――おいでなさい」
 それだけ言うと、メルギトスはゲートの中に姿を消した。
「追うぞっ!」ネスティが叫んだ「奴は、サプレスのマナが強いあそこで先ほどの傷を癒す積もりだ! 奴が力を取り戻す前に、仕留めるんだ!」
「でも、ネスティさん、あそこには――」
「……普通の人間には、危険過ぎるか」
「どういうこと?」ケイナが悪魔に向かって矢を放ちながら、尋ねる。
「魔力の密度が濃すぎて、普通の人間には耐えられない。行くのは僕と、アメルと――」
「あたしも行く!」トリスが言った。
 ネスティはそれを聞いて、顔を顰める。しばらくの葛藤のあと、しぶしぶといった様子で頷いた。「……無理はするなよ、トリス」
「わかってる」
「じゃあ、あたしも立候補」
 黙って聞いていたあたしも、小さく手を上げる。「反対は、しないよね?」
「理由が無い」ネスティ君がそう言って、小さく笑う。
「なら、私も――」
「駄目」
「……ナツミ?」
「クラレットは、ここに残ってて」
 どうして、とクラレットが眼を丸くする。
「一応、保険。何か罠が仕掛けられてるかもしれないし、クラレットがここを守ってくれるなら、あたしも安心できる。あ、みんなが信用できないって意味じゃないよ。ホント」
 クラレットがじーっとあたしを見る。つい条件反射で目を逸らしてしまいそうになったけれど、なんとかそれを堪えた。
 最悪の場合。
 クラレットがここに残っていてくれれば、なんとかなるかもしれない。
 けれど、それ以上に。
 とびっきり危険だろうから連れて行きたくない。
 そう思ってしまうのは、あたしのエゴだろうか?
「……わかりました」クラレットは拗ねた声で、言った。「帰ってこなかったら、赦しませんから」
「怖いなぁ」
 あたしは苦笑いして、ぽん、とクラレットの肩を叩いた。
「ルウが道を開くよっ!」そう言って、ルウは両手を空に掲げた。「天兵よ!」
 その声に答えて、ガチガチに鎧を着た天使が降臨する。その天使は大きな剣を振りかざしながら、ゲートまでの道を一気に駆け抜けた。
「走れっ!」
 みんなが一斉に走り出す。あたしたち四人はその後ろを、みんなが切り開いてくれる道を走った。
 リューグとロッカがゲートの入り口に辿り着いて、その場所を確保。近寄ってくる敵にはケイナさんやレナードさんが遠距離攻撃で足止めして、その隙にミニス、カイナ。ルウが召還術を打ちこむ。
 トリスを先頭に、ネスティ君、アメルがゲートに飛びこんだ。あたしも中に入ろうとして――特に何かを感じたわけではなかったけれど――、振り向いた。あたしを見ているクラレットと目が合う。
 クラレットに向けて笑ってみせると、あたしはゲートの中に飛び込んだ。


 シオンが、いったん下がる。クラレットは彼の傍によって、傷を癒すためにプラーマを召還した。
「……良かったのですか?」シオンが問う。
「何が、です?」
「ナツミさんと共に行かなくて」
 それを聞いて、クラレットは表情を曇らせた。
「ここなら、我々で何とかします。あなたは――」
「いいんです」クラレットはきっぱりと言い切った。「ナツミにはきっと、何か考えがある。だから、私をここに残したんです」
「それがなんなのかわからなくても?」
「ええ」
「彼女が、ただ貴方に危険なことをさせたくなくて、自分だけ行ったのだとしても?」
「そうだったら、後でおしおきです」
 シオンは苦笑して、立ち上がった。治療はもう終わっていた。
「……ナツミを信じることができなくなったら、私がナツミの傍にいられなくなってしまうから」
「そんな貴方だから、ナツミさんは安心して背中を預けているんですよ」
「……後始末ばっかりで、大変です、けど!」言いつつ、側面から迫ってきていた悪魔に召還術を放つ。
「それが、楽しかったりもしませんか?」
 そんな言葉を残して、シオンはまた前に出ていった。クラレットはその言葉に同意しようとして、けれど、それもなんだか癪な気がしたから、黙って肩を竦めただけだった。




 飛びこんだその先は、濃密な闇の満たす空間だった。夜のような、静かな闇とは違う。体の細胞の隙間と隙間に入り込んできて、あたしたちの体を犯そうとする、そんな不快な闇だ。
 あたしは二の腕をさすった。寒気すらする。こんなところに長居したいとは爪の先ほども思わない。それだったら、クラレットのお説教を聞いている方がまだ心地良い。そう思えた。
「……こんなところにいるくらいなら、ネスのお説教の方がまだ優しいかも」トリスが不意にそんな事を言って、似たようなことを考えていたあたしは吹き出してしまった。
「まったく。君には緊張感というものがないのか」
「むぅ〜、何よ。ちょっとした心の和む冗談じゃない」
「僕の心はちっとも和まなかったがな」
「あたしはちょっと和んだよ」
 そう言うと、トリスが嬉しそうな顔をする。アメルもくすくすと笑っていた。ネスティ君が、まるでトリスが二人になったみたいだ、なんてぼやいている。それを聞いて、あたしとトリスはまた笑った。
 カラ元気っぽい笑い方。
 でも、カラ元気だって元気のうちだ。
 あたし達は、不快闇の中を奥へ奥へと進んで行く。
「ふと思ったんだけど」トリスが言った。「あたしやネスやアメルがここにいれるのはわかるのよ。あたしはクレスメントの魔力を持ってるし、ネスは融機人だし、アメルは天使アルミネの力を持ってるし」
 そこで、あたしをみる。
「ナツミは、大丈夫なの?」
 トリスを除くあたし達三人が、トリスは何を言っているんだろう、と考える。そして、あ、と同時に気がついた。
 そういえば、トリスは知らなかったっけ。
「大丈夫だよ。あたし、誓約者だから」
「りんかー? ……リンカーって……!」と、トリスはネスティ君を見る。ネスティ君は、そうだ、とトリスに頷いた。けれど、それは違っていた。
「リンカー……って、ナニ?」
 ぴくん、とネスティ君のこめかみに青筋が浮き上がるのをあたしは見逃さなかった。なんとなく、次に来る展開が予想できて、あたしとアメルは顔を見合わせて耳を塞いだ。
「君は馬鹿かっ!」
「うひゃあっ!」
「よりにもよってその発言はなんだ! いつもいつもいつもいつも授業をサボって昼寝ばかりしているからだ! 誓約者とエルゴの王の話は君が最初に手にしたテキストの六ページから説明されていただろう!」

「……よくそんな細かいところまで憶えてるよねぇ」
「……ええ、確かに」アメルが同意してくれた。

「もー、ネス! そんな細かいことあたしが憶えてるわけないでしょう!」
「そこは胸を張って言うところじゃない! 歴史の授業で一番最初に出てくるところじゃないか! どうして君はそう三歩歩けば忘れてしまうような、そんな記憶力しか持っていないんだ。動物だって受けた恩は三日間は忘れないぞ!」
「ひどーい! あたしのこと動物以下だって言いたいわけ!?」
「記憶力に関しては、良い勝負だな」
「むぅ〜!」
 なおも終わらない二人の口喧嘩を眺めながら、あたしはたぶん、なんとも言えないような顔をしていたと思う。思ったことは、こんなこと。
 ――ああ、あたしがクラレットに怒られてる時もこんな感じなのかなぁ。
「似てますね」アメルが言った。
「似てるね」あたしは言った。
 クラレットが言った似ているは、たぶんあたしの言った似ている、と微妙に対象が違うんだろうけれど、二つ合わせてみるとまったく同じ意味になる。
「ナツミさんも、あんな風にクラレットさんに怒られるんですか?」
 アメルがそんなことを、にこにこと邪気の無い笑顔で訊ねてくる。
「……ノーコメント」
 目を閉じて、開く。それからあたしは振り向いた。
 そこに、メルギトスがいる。人間の姿のままで。けれど、失ったはずの腕はちゃんと付いている。
「お待たせした?」
「ええ、ずいぶんと待ちました」
「そりゃ失礼」
 トリスとネスティ君が、メルギトスの存在に気付く。トリスが前に出て短剣を抜き、ネスティ君はその後ろで杖を構えた。あたしもトリスに並んで、アメルを背中に庇う位置に立つ。
「余裕ですねぇ、みなさん」
「いつも心に潤いを、ってね」
 ナツミの軽口に、メルギトスは唇を歪めて見せる。
「メルギトスっ!」トリスが言った。「あなたを倒して、あたしの先祖が犯してしまった間違いを、正してみせる!」
「ご自由に」メルギトスが笑った。「――できるものなら、ですがね」
 それが、最後の戦いの始まりだった。




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