月が落ちてくる。
 たった一人で空に向かって手を伸ばす後ろ姿を見た。
 あのとき、何を想い、何を考え、何を叫んだのか。
 よく、思い出せない。




 
願いを、この体に取り込んで





「姉さん、行かないんですか?」
 そう声をかけられて、アイギスは顔を上げた。目の前には自分の妹を自称する、メティスが彼女を覗き込んでいた。その視線に居心地の悪さを感じて、アイギスは視線を岩戸台寮のラウンジの中へ向ける。ラウンジの中はすっかり様変わりしてしまった。いくつもの亀裂が縦横無尽に室内に走り、そこから光が漏れだしている。『時の狭間』崩壊の予兆、とはメティスの弁だが、目の前の光景を見るとそれを信じるしかないような気分になってくる。
「姉さん?」
 メティスの声を無視して、アイギスの思考はさらに回り続ける。この場所は様変わりしてしまった。終わらない一日の中に取り込まれたとか、崩壊の予兆とか、そういった表層的な問題ではない。
 誰も、いない。
 今この場所にいるのは、アイギスとメティスだけだった。他には誰もいない。みんながみんな、それぞれ目的を同じとする者と組んで、言ってしまった。自分の願いを叶えるため、自分の思いを貫くため、仲間同士が血を流し合うコロッセオ・ブルガトリオへ。
 どうしてこんなことになってしまったんだろう。俯いて、アイギスは唇を噛む。
 過去の上にある今を手放すことはできないと言った、真田明彦、天田乾。
 どんな選択であれ、みんなの気持ちがそろっていない今は決められないとした伊織順平。それを指示し、共に行ったコロマル。
 過去を変えたい。ありえないはずのチャンスをつかみ取りたいと言った岳羽ゆかり。その選択を指示し、多くを語らぬまま共に行った桐条美鶴。
 じゃあ、自分はどうしたいのだろうか。その答えが見つからない。こんな気持ちで、それぞれの前に立つ資格があるのだろうか。譲れない願いを持つみんなの前に立てるのか。
 メティスはじっと、椅子に座ってうなだれている自分を見下ろしている。
 アイギスは考える。みんなの願いは、よく分かる。そのどれもに、自分は共感できる。なのに、そのどれとも自分は相容れることができない。それはいったい何故なんだろう。何かがそこにあるような気がした。何かを掴めるような気がした。ワイルドのアルカナ。複数のペルソナを操る能力。目覚めた力。『彼』と同じ力。
 教えて。声は自分の中へ。
 どうして、私がこの力を使えるの?
 あなたは、何を想ってこの力を使っていたの?
 もしもあなたなら、何を願うの?
「理由が、必要なんですか?」
 思考は、メティスの言葉で途切れた。その声にささくれ立つものがあることを感じながら、アイギスは顔を上げる。メティスの表情は抑揚が無く、感情が見えない。いつかの自分もこんな顔をしていたのだろうか。彼を失ってからの自分もこんな顔をしていたのだろうか。喪失した何か。見なくなった夢。抜け落ちた想い。新しい力を得て、何を失ってしまったのだろう。
 わからない。
「……わからない」
「願いなんかなくっても、人は生きていけます」
 とっさに言い返そうとして、口を開く。けれど、言葉は出てこない。捕まえようとするたびに指の隙間からこぼれ落ちていく思考が、言語化できない。機械になれない。でも、人間にもなれない。どっちつかずの、中途半端な紛い物。
 風景が変わる。コロッセオ・ブルガトリオ。
「ここは……?」
「控え室みたいなものです。みなさんもそれぞれ、別のこの場所で時を待っています」
 時。
 戦いの時。
「ルールを説明しておきます」メティスは言う。「この先の扉……見えますよね? あそこの中で、戦うことになります。もちろん、命までは奪う必要ないんですけど、それでも、負けた人はそれなりの代償を払ってもらうことになります」
「代償……?」
「一度戦いが始まると、決着がつくまで、出られません。すべてが決定するまで、拘束されます」
「……そう」
「その状態では、目を反らすことはできません。見たくないものでも、最後まで見届けてもらいます」
「そう。悪趣味ね」
 メティスは答えない。ただ、目を反らすことでアイギスの言葉への返答にした。
「もう一度言います」目を逸らしたまま、メティスは言う。「願いなんてなくても、生きていけます。そして、生きるために戦うことは、決しておかしなことではありません。それが願いであっても、恥じることなんてないです」
 生きることこそが、願い。
 けれど、それで何を得られるのだろう?
 アイギスは自分の胸に手を当てる。この『命』は、ただ生きるためだけに彼が残してくれたものなのか。
「私は、姉さんに生きて欲しい。ただそれだけ。そのためなら、何をも厭わない」
 扉の前で、アイギスは立ち止まる。この扉を潜る者、一切の希望を捨てよ。確か、古い物語にそんな記述があったような気がする。今立っているこの扉は、そんな扉なのだろうか。希望を、絆を、仲間を捨てて潜らなければならない扉なのかもしれない。
「生きるために、生きる……」
 それが、自分の採るべき答えなのだろうか。
 アイギスは扉に手を伸ばし、
 けれど、その手は扉に触れることなくゆっくりと降りていった。
「姉さん?」
「やめましょう、メティス」
「え?」
「私は、鍵を、放棄します」
「何言ってるの!?」
「私は、戦えない」
「そんなこと……」メティスは小さく頭を振った後、こちらを睨みつける。「できるわけない! 鍵は心の力が具現化した物、今の姉さんからそれを取ったら、姉さんは――」
「今の、私?」
 言葉を捕まえて投げ返しすと、メティスの動揺が手に取るようにわかった。今の言葉は、何か重要な意味があるのか。また、何かに触れたような感触。道の向こうにあるものに手が届きそうな、そんな感触。
 そうだ。自分のことは、いつも、自分が一番分からない。
「教えて、メティス。あなたのことを……私のことを」
 メティスは唇を噛む。
「できません……今は、まだ」
「そう」
 小さな光。アイギスは確かに感じることができた。小さくて、不確かで、儚い光。けれど、それがあると信じられれば、きっと前へ進める。それを目指して、歩いていける。その先に、きっと、『彼』の後ろ姿が待っていると、信じられる。
「理由なんていらない。あなたの言うとおりね」
「姉、さん?」
「私が私になるために、この戦いは避けられない」
 何故、という声。
 右手を掲げる。マガジンは正常に回る。そう、戦える。それでしか、きっと、見つけられないものがある。
 知りたい、とアイギスは思う。
 この先にある風景を。
 『彼』が見た風景を。
「戦闘モード、起動」
 呟く。内蔵された兵装が立ち上がり、駆動音を発する。埋め込まれた心臓、パピヨンハートが全身に活力を与える。戦える。アイギスは自分に言い聞かせた。戦える。戦える。私は、戦う。
「行きましょう、メティス」
 アイギスは門を潜る。


 薄暗い闇の中。コロッセオ・ブルガトリオは静寂に包まれていた。闇の中に、アイギスは足を踏み入れる。音が響く。足音。半歩送れてついてくる、自分のものじゃない足音。ひどく似ている足音。
 ふと、あの蒼い部屋で話をした、鼻の長い老人と金髪のエレベーターガールのことを思いだした。
『彼』は『命のこたえ』に辿り着いた。そして、あなたはそれを巡る旅になるでしょう。どうか、あなたの旅路が素晴らしいものでありますように。
 酷い皮肉だ、とアイギスは思う。絆を結んだはずの仲間と戦うことになるなんて、なんて気の利いた『旅路』だろう。
 扉が開く。自分たちが通ったのではない扉だ。二人分の人影がそこから現れる。ゆっくりと、その人影はアイギスたちの方に歩いてきた。
 真田明彦。
 天田乾。
「お前たちか」真田は言った。「気分的には、美鶴たちと戦いたかったがな」
「真田さん、天田さん」
「アイギスさんも、戦うんですね」天田は言う。その手の中で、身長に合わぬ長さの槍が旋回する。「でも、あなたには願いは無いはずです。戦うのをやめて、僕たちに鍵を渡してもらえませんか?」
「それが姉さんの命に関わると知っていて、言っているんですか?」メティスの声。怒気を隠そうともしない声。
「俺たちと共に、今を選べ、アイギス」
 右手で肩にかけていたジャケットを、真田は放り投げる。その手には、探索の時に使用していたグローブがすでに装着されている。
「お前だから、分かるはずだ。過去を変えるなんてことは、そいつらの選択を冒涜する行為だと。シンジの……アイツの選択を、俺は否定しない。そうやって今生きている俺を、否定してたまるものか!」
 真田の言葉は、アイギスの中に降りていく。その理屈は正しい、と自分のどこかで声がした。
「真田さんの想い……私にも、理解できます」
 アイギスは言った。静かな声に、沈黙が訪れる。
「過去があるから、現在がある。ニュクスとの戦いがなければ、私はここにいなかった。みなさんと、過ごすこともなかったでしょう」
 あのときの想いを。
 あのときの決断を。
 あのときの苦しみを。
 あのときの悲しみを。
 みんなで味わった、喜びを。
「なかったことになんて、できない」
「姉さん……!」
 メティスの狼狽したような声。
「アイギス……」
 真田のどこか戸惑ったような声。
「真田さん。天田さん」静かな声で、アイギスは言う。「私と、私たちと戦ってください」
「なに……!?」
「戦わなければいけない気がするんです。そうしなければ、前へ進めないような、そんな気がするんです。理屈じゃないんです。この先に、私の『こたえ』が待っている、そう思うんです。これが、『あの人』に続く道だって、そう思えるんです」
「願いが同じでも……か」真田は唇を歪める。
「はい」アイギスは答えた。
「負ける気はない。お前の踏み台になる気もない」
「私もです」
「なら……やるか」
「始めましょう」
 真田は一歩下がって、距離を開ける。天田がそれに従った。
 開始の合図などない。
「メティス!」
 戦斧を携えたメティスが、獲物を狙う肉食獣のように低い姿勢で飛び出す。狙いは天田。彼のフォローに回ろうとする真田の足下に、アイギスは銃弾を撃ち込んだ。真田の足を止めて、メティスと天田を一対一の状況に持ち込む。言葉を交わすこともなく、アイギスとメティスの意志は一致していた。メティスと天田ならメティスに分がある。決着がつくまで真田を足止めできれば、こちらの勝利だ。下手に連携戦にしてしまうと、二人が回復の手段を持っている分、分が悪いと判断してのことだった。
「なるほど。そういう作戦か」
 真田はけれど、慌てた様子はない。
「だが、お前に俺を抑えられるのか」
「やってみせます」
「やってみろ!」
 真田の踏み込みは一瞬消えたのかと思うほど早かった。瞬きの瞬間にすでに懐に潜り込まれている。拳打がアイギスを打ち抜く――そのすぐ手前、見えない壁に阻まれるように、真田の拳打は止まっていた。
「なに!?」
 そのまま、アイギスは真田の手首を掴んだ。真田が呻く。
「ペルソナっ!」
 アイギスは叫ぶ。タネがばれてしまえば二度は使えない。
 最初のチャンスが、最後のチャンス。フットワークの軽い彼に攻撃を当てるには、相応の代償が必要だ。
 何かを得るには、何かを捨てなければいけないように。
 真田と視線が交錯する。四半秒にも満たない時間の交錯。真田は微笑っていた。アイギスは真田の瞳の中に、鍵を見つけた。
 極大の氷の檻が二人を囲う。世界は白く染まる。
 刹那の思考。

 瞳の中で見つけた小さな鍵。
 じゃあ、自分の中にも、それはあるの?

 意識を飛ばしていたのはどのくらいの間だろうか。アイギスは霞のかかったような胡乱な頭で考える。思考の一片に今の状況を記録したものがあり、慌てて体を起こそうとするが、上手くいかない。全身の動きが鈍い。先ほどの余波で、視界が悪い。反応の鈍い自分の体に舌打ちしながら、立ち上がる。
 目標は、どこ?
 アレで終わっていてくれるなら、どんなにか易しい戦いだろう。けれど、そんなはずが無いことを、アイギスは知っている。一瞬で下げられた気温の余波は、水蒸気のような靄になって現れている。それを断ち割って、向かってくる殺意。アイギスは両腕を交差させて、その一撃を受け止めた。威力に逆らわずに、後ろに飛んで衝撃を逃がす。飛びながら、追い打ちを避けるために、精密な照準を付けずに左手の指銃を乱射。距離を取って、その人物と向き合う。
「失念していた。お前は『アイツ』と同じ力があるんだったな」
 真田は言い、その体がよろめいた。
「ダメージは浅くないな……お互いに」
 こちらを見ながら言う真田の言葉に、アイギスは反応を示さない。それを見て真田は苦笑を浮かべると、右手を小さく振った。その右手の中に、銀色の拳銃。
 召還機。
「アイギス……お前の想い、見せてもらった」どこか穏やかな表情で、真田は言う。「決着をつけようか」
「真田さんの中に、鍵が見えました」たぶん、自分も同じような顔をしているんだろう、とアイギスは思う。「あれが……真田さんの、想い」
 それ以上言うな、と真田は笑う。
「想いは、口に出してしまった瞬間に、いらない不純物がまとわりついてしまうからな」
 横目で、戦っているメティスと天田を見る。メティスがオルギアモードを発動させたところだった。
「あっちも決着が近いな」真田はゆっくりと召還機を持ち上げる。「終わらせるぞ、アイギス」
「はい」
 銃口は、眉間へ。
 想いは、心臓に。
「カエサル!」
 真田のペルソナが発動する。皇帝の名を冠するペルソナ。何者も恐れない勇気と決断力。アイギスは前を見る。想いを詰め込んだ心臓が全身に力を送り出す。ワイルドの力。この力が、本当に『彼』のもの同じ力だというのなら。アイギスは願う。ここにはいない『彼』に。自分を形成する全てのものに。自分自身を動かす『心臓』に。
 遠ざかる光に手を伸ばすように、アイギスは祈る。
「もう……迷わない!」
 戦うこと、ではなく。
 前に進むこと、でもなく。
 届かないことに、でもなく。
 命を終えること、でもなく。
 生きること、でもない。
 アイギスの願いに答えるように、ペルソナ能力は発動する。そのペルソナを見た真田が一瞬驚愕の色に表情を染め、そしてすぐに真剣な顔に戻って頷く。
 全身を振り絞るような咆吼は、同時に。
 砕けるほどに地面をけりつけた音も、同時に。
 そして、地に倒れ伏したのは、真田明彦一人だった。

 痛みを覚えるほどの静寂。
 真田はのろのろと体を起こし、立ち上がろうとして、それは叶わず、地面に座り込む。メティスの方も決着がついたようだった。
「アイギス」
「なんでしょうか」
「お前も、いってしまうのか」
「行く……とは。どこへですか?」
 グローブを外した手で、真田は乱暴に髪を掻きむしる。
「アイツと……同じところへ」
 アイギスは答えようとして、けれど自分がそれに答える明確な言葉を持っていないことに気付いた。どこへ。『彼』と同じところへ。けれど、『彼』はどこに行ったのだろう。いったい何に辿り着いたのだろう。それが分からない今、アイギスには真田の言葉に、答える言葉を持っていない。
「わかりません」アイギスは答えた。「この先にあるものが、あの人と同じ答えなのかどうか、今の私にはわかりません」
「……そうか」
 持っていけ。真田は彼自身が持っていた鍵を、差し出した。ふわりと浮き上がったその鍵は、アイギスの胸に吸い込まれ、消えた。同じように、メティスが抱えて連れてきた天田の鍵も、アイギスの中に消える。
「これで、三つ」
 メティスが言った。
「あ……」
 どくん、と何かがアイギスの中で鼓動を打った。胸を押さえる。痛みが、アイギスを支配する。視界が暗くなり、闇に閉ざされる。困惑したアイギスの視線の先に、見覚えのある背中があった。いつも追いかけていた背中だった。守る、と約束した背中だった。
 行かないで。
 何度も夢の中で繰り返した言葉。何度も繰り返し、届かなかった言葉。これはいつもの夢だ、とアイギスは思った。いつもの、そして、ある日を境に突然見ることのなくなった夢だ。
 けれど。
 『彼』は振り返った。懐かしい瞳に、アイギスは震えた。
 手を伸ばす。
 声を――
「――姉さん?」
 闇はいつの間にか消えさり、そこにあったのはさっきまでの光景だった。真田は何か憑き物が落ちたような表情で自分を見上げ、メティスはどこか訝しげな顔でこちらを見ている。
 夢?
 アイギスは二人の顔を順番に見ると、小さく頷いた。
「一度、戻りましょう」
 メティスの腕の中にいる天田を見ながら、アイギスは言った。そして、真田に手を差し出す。最初は「一人で歩ける」と意地を張っていた真田も、その足取りは覚束なくなり、最終的にはアイギスの手助けを世にも情けない顔をして受け入れた。
「アイギス」歩きながら、真田はぽつりと言った。
「はい」肩を貸したまま、アイギスは答える。
「お前の願いは、どっちだ? 過去か? 現在か?」
「それは、秘密です」
「何?」
「言葉に出すと不純物が混じってしまう……真田さんの言葉です」
 答えたアイギスに、真田は目を見開いた後、笑い出す。肩をふるわせ、何かを吐き出すように笑った。
「言うじゃないか」


「姉さんは、願いを見つけたんですね」
 崩壊の予兆をみせつつあるラウンジに、アイギスとメティスはいた。未だ目の覚めない天田はソファに。真田もその隣に座り、目を閉じている。
「そう、かもしれない」
「かもしれない」
「でも、これは違うのかもしれない」
「かもしれない」
「確信があるわけじゃない」アイギスは言う。「信じてるわけでもない。明確な形があるわけでもない」
「なんだか」メティスは俯いて、言う。「少しずつ、姉さんが遠くなるみたい」
 メティスの言葉は、分かるようで分からない。考えすぎると苛々してくるので、アイギスは会話を打ち切ると、立ち上がり、寮の二階へ向かった。階段を上り、右に曲がる。廊下の一番奥、突き当たりにあるドアの前で足を止める。
 ゆっくりとドアノブに手を伸ばす。その手が触れる本の少し前に、アイギスの手は宙で静止する。それして、ノブに触れる前に、重力に耐える力を失ったかのように、手は下に落ちた。
「……私は」
 俯いた視界に、どこか色あせた絨毯。
「私は、約束すら、忘れようとしていた」
 こつん。音がした。傾いたアイギスの体。その体を預けるように、額はドアにぶつかっている。
 独白。
「私、私は……」
 願いは、何だ?
 どこからか、声が聞こえる。小さな、本当にささやかな何かの流れが、彼女を覆う。アイギスは顔を上げた。
 遠ざかるのか。
 それとも、近づいているのか。
 アイギスはくるりと踵を返す。
 階下に出ると、メティスがこちらを見た。
「姉さん」
「行きましょう、メティス」
 もう、戦った。
 最後まで立ち止まることは許されない。
 胸を押さえる。もう既に、先に戦った真田明彦と天田乾の願いを、この体に取り込んでしまっているということをアイギスは知っていた。



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